東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)146号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで原告主張の審決取消事由について判断する。
1 目的・作用効果の相違が考慮されていないとの主張(取消事由1)について
(一) 本願発明におけるU字型ヨークによる消弧用の磁界発生手段は、大電流の遮断のための真空スイツチを対象として適用され、スイツチ開成時の消弧作用を助勢(当事者の主張中「助成」とあるのは「助勢」の趣旨であると解する。)するものであるのに対し、引用例における磁気的吸引手段は真空スイツチを対象として適用されるものではなく、小容量のスイツチ閉成時のコンタクト間の接触抵抗を小さく維持するためのものであつて、スイツチ開成時の消弧作用を助勢するものではなく、両者の目的・作用効果は全く異なること等請求の原因四の1(二)記載の事実は当事者間に争いがない。
しかし、前記当事者間に争いがない請求の原因三の本件審決の理由の要点3によれば、本件審決は、本願発明と引用例のものとの間に原告主張のような目的・作用効果の相違があることを認定し、それを前提に判断を進めていることが明らかである。
(二)(1) 即ち、本件審決は、前記本件審決の理由の要点3(一)のとおり、本願発明の前提をなすのは、「整列された二つのコンタクトロツドの自由端にそれぞれ支持され、対向している二つのコンタクト部材を有し、それらのコンタクトロツドの少なくとも一方はスイツチ開閉のために他方に対して軸方向に移動可能であり、コンタクト部材は、スイツチ閉成位置において互いに接触する、コンタクトロツドの中心線に垂直な接触面を有しており、その接触面の両側において、スイツチ電流によつて磁界を発生する複数の磁界発生手段がコンタクト部材の近傍に位置されており、これによりスイツチ電流によつて発生される磁界がスイツチ開成時に消弧作用を助勢する真空スイツチ」であり、このような真空スイツチは原告もこれを従来例として認めているとおり周知である旨、及び引用例に記載されたものは単なる「スイツチコンタクト」に関するものであつて、右真空スイツチと「スイツチコンタクト」は異なるものである旨を認定していることは明らかである。
(2) ところで、成立に争いのない甲第三号証によれば、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄(本願明細書三頁三行目から一二行目まで)には、「本発明は、互いに係合し、また離れて動きうる二つのコンタクト部材およびこの接触面の間に軸方向磁界を発生する手段を持つ電気真空スイツチに関するものである。この種のタイプのスイツチは、オランダ特許出願第七六〇一〇八四号明細書でよく知られている。発生した軸方向磁界によつて、スイツチの遮断特性が著しく改善される。この従来の手段では、軸方向磁界を発生する手段はコンタクト部材に直列に接続された一対のスパイラルコイルからなる。」との記載があることが認められ、成立に争いのない乙第二号証によれば、本件出願の優先権主張の基礎となる出願の日より前である昭和五〇年三月一〇日に公開された特開昭五〇―二二二六二号公開特許公報には、「整列された二つのコンタクトロツド(導電棒)の自由端にそれぞれ支持され、対向している二つのコンタクト部材(電極)を有し、それらのコンタクトロツドの少なくとも一方はスイツチ開閉のために他方に対して軸方向に移動可能であり、コンタクト部材は、スイツチ閉成位置において互いに接触する、コンタクトロツドの中心線に垂直な接触面を有している一般的な真空スイツチ(真空しや断器)においては、しや断電流が大きいと、スイツチ開成時にコンタクト部材の間に発生するアークが著しく不安定な状態となり、しや断限界を低下させるが、このような現象を防止する手段としては、コンタクト部材の接触面に垂直な方向(軸方向)の磁界を印加することが効果的であることは既に知られている。」との趣旨の記載並びに軸方向の磁界を印加する従来の方法二例及びコンタクト部材の構造を改良して強力な軸方向磁界を発生させるようにした真空スイツチの記載があることが認められる。
右認定事実によれば、本件審決が認定した前記周知の真空スイツチにおいて消弧作用を助勢する磁界としては軸方向の磁界が周知であり、本件審決もそのことを前提としていたものと解するのが相当である。
(3) 次に、本件審決は、前記本件審決の理由の要点3(二)(三)のとおり、本願発明は、右周知の真空スイツチにおいて、「複数の磁界発生手段を複数の磁性体によつて構成し、複数の磁性体は、非磁性ギヤツプ部分を有し、また一方の磁性体の非磁性ギヤツプ部分が他の磁性体の磁性材料部分に対向するように互いに相対的に回転した位置関係に配置され、各磁性体は、強磁性体を積層したU字型ヨークとして形成され、非磁性ギヤツプ部分の幅はU字型ヨークの半円環部分の内径と同じ大きさであり、その半円環部分の内径はコンタクトロツドの直径とほぼ同じであり、各U字型ヨークは、コンタクトロツドの回りに、コンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に近接して配置され」てなる構成を具備せしめることにより、軸方向磁界を生じさせるものであること及びこのような軸方向磁界を生じさせるための構成は引用例にほぼ記載されていることを認定し、さらに、本願発明の軸方向磁界を生じさせる構成と引用例記載の軸方向磁界を生じさせる構成の共通点及び相違点を認定した上、右相違点についての検討をしているものであることが明らかである。
(4) したがつて、本件審決は、本願発明のスイツチ開成時の消弧助勢のための磁界発生手段と引用例記載の磁気的吸引力によるスイツチ閉成時のコンタクト間の接触抵抗を小さく維持するための磁界発生手段との間に目的・作用効果の相違があることを認めた上、真空スイツチにおいて消弧作用を助勢する磁界としては軸方向の磁界が周知であることを前提に、引用例記載の軸方向磁界を発生させる技術的手段を真空スイツチの軸方向磁界を発生させる構成に適用することにより本願発明が容易に発明することができたか否かを判断しているものであつて、両者の目的・作用効果の相違が考慮されていないとの原告の主張は採用できない。
(三) また、本件審決が設計上の選択事項としているのは、引用例記載の軸方向磁界を発生させる技術的手段をその軸方向磁界を発生させる構成に適用した真空スイツチにおけるU字型ヨークの配置に関してであつて、本願発明の消弧助勢のための磁界発生手段と引用例記載の磁気的吸着手段に関してではないから、両手段に互換性または転用可能性のないことを理由とする原告の主張は失当である。
2 U字型ヨークを接触面の反対側に配置することに意味がなく、かつその理由が明細書に記載されていないとの認定判断の誤り(取消事由2)について
(一) 各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する構成をとる必要性、その技術的意味及びそれらが技術常識であることについての請求の原因四3(二)記載の事実は当事者間に争いがない。
したがつて、本件審決の、「各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する点に格別の意味も認められない。」とする認定判断の趣旨が、そのような配置とすることに技術的な意味がなく、必要性もない、との趣旨であれば、その認定判断には誤りがあるというべきである。
しかし、本件審決の右認定判断の表現には言葉の足りないところがあるとはいえ、本件審決の全体を虚心に読めば、右認定判断の趣旨は、各U字型ヨークを前記のような配置とすることに必要性、技術的意味があることは当然の前提としながらも、そのことには技術常識であるという以上に格別の意味はないとの趣旨であると見るべきであり、その認定判断は前記当事者間に争いのない事実に照らして正当であり、原告主張のような誤りはない。
(二) 次に、本願明細書には、相違点<3>を含む各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する構成によつて、消弧作用を助勢し遮断特性を改善する目的を達成できることが、図面を用いて具体的に示されていることは当事者間に争いがない。
しかし、前記甲第三号証、成立に争いのない甲第四号証(昭和五八年三月七日付手続補正書)及び甲第五号証(昭和五八年八月一六日付手続補正書)によれば、「本願明細書及び図面には、相違点<3>を含む各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する構成によつて、消弧作用を助勢し遮断特性を改善する目的を達成できることが、図面を用いて具体的に示されているとはいつても、右の構成を含む本願発明の構成全体によつて右の目的を達成できることが図示されているものであり、特に各U字型ヨークを配置する位置をコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面とする構成の故に右の目的が達成できることが図示されているものではないこと、及び本願明細書及び図面には、各U字型ヨークを、コンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する理由を説明する記載はないこと」が認められる。
したがつて、本件審決の、各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する理由について本願明細書に説明されていないとの認定に誤りはない。
3 消弧磁界発生の目的・作用効果の達成のためにはU字型ヨークの本願のような配置は不可欠であることの看過誤認(取消事由3)について
(一) 請求の原因四3の(一)記載の事実のうち、二つのU字型ヨークの磁性体間の磁気抵抗を非磁性ギヤツプ部分の磁気抵抗よりも小さくするためには、引用例のようにコンタクト部材そのものに磁性体を形成すれば両磁性体間の距離が最も近くなりその間の磁気抵抗も小さくなることは技術常識であることは当事者間に争いがなく、本件審決の理由の要点4(三)の認定判断中「軸方向磁界を発生するためには非磁性ギヤツプ部分の磁気抵抗よりも二つのU字型ヨーク間の磁気抵抗を小さくする必要があるが、そのためには二つのU字型ヨークの間隔をあまりに離して配置することができず、両コンタクト部材の近辺にそれらを配置する必要があることは言うまでもないこと。」との認定判断は原告の認めるところである。
(二) 次に、請求の原因四3の(二)記載の事実は当事者間に争いがない。即ち、真空スイツチにおいては、消弧特性を良くするためには、アークを拡散するためにコンタクト表面はできるだけ広いほうがよく、また、軸方向の磁界はできるだけコンタクト表面の全域にわたるようにし、アークによる浸食から完全に防護されるようコンタクト表面の材料として消弧特性の良いものを選択しなければならないこと、真空スイツチにおける遮断時の電気的アークは磁界によつて影響され、常に磁界が最も強いところに位置しようとする性質があること、磁性材料と非磁性材料の境界部では強い磁界が生じアークに適した場所となるから、アークはその境界部に止まろうとするが、このようにアークが電極表面に局部的に集中すると遮断特性に悪影響があること及びこれらの一般的性質を、U字型ヨークの配置について引用例のような構成をとつた真空スイツチと本願発明のような構成をとつた真空スイツチにそれぞれ適用すれば、請求の原因四3の(二)に記載の理由から、引用例のような配置構成では不都合であるのに対し本願発明の配置構成であれば不都合が生じないこと並びに以上のことが技術常識であることは当事者間に争いがない。
(三) 成立に争いのない乙第一号証によれば、本件出願の優先権主張の基礎となる出願の日より前である昭和五二年八月一二日に公開された特開昭五二―九六三六九号公開特許公報には、前記1(二)(1)に認定した周知の「スイツチ電流によつて磁界を発生する複数の磁界発生手段がコンタクト部材の近傍に位置されており、これによりスイツチ電流によつて発生される磁界がスイツチ開成時に消弧作用を助勢する真空スイツチ」の一種が開示されており、その磁界発生手段(螺線状導体)がコンタクト部材(円盤状接触部材)の接触面と反対側の端面に近接して配置されている記載のあることが認められる。
また、前記特開昭五〇―二二二六二号公開特許公報(乙第二号証)には、真空スイツチにおいて軸方向の磁界を印加する従来の方法二例及びコンタクト部材の構造を改良して強力な軸方向磁界を発生させるようにした真空スイツチの記載があることは1(二)(2)に認定したとおりであるが、前記乙第二号証によれば、前記特開昭五〇―二二二六二号公開特許公報には、真空スイツチにおいて軸方向の磁界を印加する右従来例も改良例もその磁界発生手段(コイル、コイル導体)がコンタクト部材(電極、主電極)の接触面と反対側の端面に近接して配置されていることが記載されていることが認められる。
右事実によれば、軸方向の磁界を印加する真空スイツチにおいて、磁界発生手段がコンタクト部材の接触面と反対側の端面に近接して配置されている例は周知であつたものと見るのが相当である。
(四) ところで、本件審決が、「単なる設計上の選択事項にすぎない」とする趣旨は、当業技術者が周知の技術を適用して目的に合致する構成を決定することができるとの趣旨と理解すべきものであることは、本件審決の全体の記載に照らし明らかであり、本件に即していえば、各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面の周囲に配置するか、あるいは接触面とは反対側の端面に配置するかは、当業技術者が右(一)から(三)までに認定した周知の技術常識を適用すれば、真空スイツチの消弧助勢という目的に合致する本願発明の配置を決定することができるとの趣旨に解すべきものである。
そして、当業技術者が右(一)から(三)までに認定した周知の技術常識を適用すれば、真空スイツチの消弧助勢という目的に合致する本願発明の配置を決定することができるとの前記判断は右(一)ないし(三)の事実に照らして正当である。前記2(一)(二)に判断したところによれば、本件審決が、「各U字型ヨークを、コンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する理由について本願明細書において説明されているわけではなく、またこの点に格別の意味も認められない」とするのは、各U字型ヨークを、コンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に配置する理由は周知の技術常識であることを別の観点から述べているものというべきである。
(五) 原告は、「単なる設計上の選択事項」を、本願発明において、引用例の配置構成と本願発明の配置構成とは設計上いずれを採用しても作用効果に差がないような選択事項という趣旨であると解しているが、本件の場合、右の見解は採用できない。
また、原告は、本願発明で、各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面とは反対側の端面に配置する構成をとつているのは、本願発明のU字型ヨークによる消弧磁界発生手段の目的・作用効果を果たすために必要であるからであり、本件審決のいうように磁気抵抗の観点から見た単なる配置の相違ではないと主張するが、本件審決が、各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面とは反対側の端面に配置する構成をとることの必要性を否定したものでもないし、磁気抵抗の観点からのみ見て判断しているものでもないことはすでに認定判断したところから明らかであり、原告の右主張は失当である。
4 まとめ
以上のとおりであるから、本願発明の磁界発生手段と引用例記載の磁界発生手段との間に目的・作用効果の相違があることを認めた上、真空スイツチにおいて消弧作用を助勢する磁界としては軸方向の磁界が周知であることを前提に、引用例記載の軸方向磁界を発生させる技術的手段を真空スイツチの軸方向磁界を発生させる構成に適用するに当たつて、各U字型ヨークをコンタクト部材の接触面を有する端面の周囲に配置するか、あるいは接触面とは反対側の端面に配置するかは設計上の選択事項であるという本件審決の判断は正当であり、右判断と、原告が認めている本件審決の理由の要点4の(一)(二)記載の判断(相違点<1><2>についての判断)から、本願発明は周知の事項に引用例に記載される技術内容を適用することにより容易に発明することができたとする本件審決の結論もまた正当であり、原告主張の判断の誤りは認められない。
三 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
整列された二つのコンタクトロツドの自由端にそれぞれ支持され、対向している二つのコンタクト部材を有し、それらのコンタクトロツドの少なくとも一方はスイツチ開閉のために他方に対して軸方向に移動可能であり、コンタクト部材は、スイツチ閉成位置において互いに接触する。コンタクトロツドの中心線に垂直な接触面を有しており、その接触面の両側において、スイツチ電流によつて磁界を発生する複数の磁性体がコンタクト部材の近傍に位置されており、前記複数の磁性体は、非磁性ギヤツプ部分を有し、また一方の磁性体の非磁性ギヤツプ部分が他の磁性体の磁性材料部分に対向するように互いに相対的に回転した位置関係に配置されている電気的スイツチにおいて、各磁性体は、強磁性体を積層したU字型ヨークとして形成され、非磁性ギヤツプ部分の幅はU字型ヨークの半円環部分の内径と同じ大きさであり、その半円環部分の内径はコンタクトロツドの直径とほぼ同じであり、各U字型ヨークは、コンタクトロツドの回りに、コンタクト部材の接触面を有する端面とは反対側の端面に近接して配置されており、これによりスイツチ電流によつて発生される磁界がスイツチ開成時に消弧作用を助勢することを特徴とする真空スイツチ。